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遠藤 潔
遠藤潔の活動報告
久能山東照宮 御例祭
2026年04月17日
江戸幕府の創始者、德川家康公の命日にあたる4月17日、静岡市駿河区の久能山東照宮にて、天下泰平と国家安穏を祈念する「御例祭」が厳かに執り行われた。
祭礼には、德川宗家の德川家広第十九代当主が司祭として参列したほか、德川宗家柳営会、政財界の関係者や崇敬者ら約150人が出席した。国宝に指定されている豪華絢爛な御社殿に並ぶ参列者が見守る中、厳粛な雰囲気で儀式が進められた。
神事では、家康公が駿府(静岡市)に滞在していた際に愛飲し、静岡の茶業発展の礎となったとされる本山茶が献上された。また、江戸時代の風習に倣い、静岡県内で収穫された旬の野菜や菓子、海の幸なども供えられ、天下人の遺徳を偲んだ。
久能山東照宮は、德川家康公をご祭神としておまつりする全国東照宮の創祀である。德川家康公は、あらゆる艱難辛苦の末、戦乱の世に終止符を打ち、江戸時代には二百六十余年にわたる世界に其の比を見ない「泰平の世」の礎を築き、学問、産業、文化の基礎を確立した。
■ 久能山東照宮
7世紀頃久能忠仁により久能寺建立、1568年武田信玄が久能寺を移転させ、要害の地に久能城築城、1582年武田氏滅亡後、徳川氏領有、1616年4月17日德川家康公が駿府城で薨去(享年75歳)、遺言により、その日のうちに久能山へ埋葬、1617年二代将軍秀忠公の命により社殿創建、朝廷より「東照大権現」の神号を授けられ、一周忌後に御霊が日光へ分祀、1645年朝廷より「東照宮」の宮号が宣下され、久能山東照宮、1868年明治維新。江戸城開城に伴い、德川家ゆかりの品々が江戸から久能山へ移転、1957年日本平ロープウェイ開通、2010年御社殿(本殿・拝殿・石の間)国宝指定、2015年御鎮座四百年記念大祭。
祭礼には、德川宗家の德川家広第十九代当主が司祭として参列したほか、德川宗家柳営会、政財界の関係者や崇敬者ら約150人が出席した。国宝に指定されている豪華絢爛な御社殿に並ぶ参列者が見守る中、厳粛な雰囲気で儀式が進められた。
神事では、家康公が駿府(静岡市)に滞在していた際に愛飲し、静岡の茶業発展の礎となったとされる本山茶が献上された。また、江戸時代の風習に倣い、静岡県内で収穫された旬の野菜や菓子、海の幸なども供えられ、天下人の遺徳を偲んだ。
久能山東照宮は、德川家康公をご祭神としておまつりする全国東照宮の創祀である。德川家康公は、あらゆる艱難辛苦の末、戦乱の世に終止符を打ち、江戸時代には二百六十余年にわたる世界に其の比を見ない「泰平の世」の礎を築き、学問、産業、文化の基礎を確立した。
■ 久能山東照宮
7世紀頃久能忠仁により久能寺建立、1568年武田信玄が久能寺を移転させ、要害の地に久能城築城、1582年武田氏滅亡後、徳川氏領有、1616年4月17日德川家康公が駿府城で薨去(享年75歳)、遺言により、その日のうちに久能山へ埋葬、1617年二代将軍秀忠公の命により社殿創建、朝廷より「東照大権現」の神号を授けられ、一周忌後に御霊が日光へ分祀、1645年朝廷より「東照宮」の宮号が宣下され、久能山東照宮、1868年明治維新。江戸城開城に伴い、德川家ゆかりの品々が江戸から久能山へ移転、1957年日本平ロープウェイ開通、2010年御社殿(本殿・拝殿・石の間)国宝指定、2015年御鎮座四百年記念大祭。