2010.05.01
遠藤潔邸・別邸は、東京都目黒区上目黒に位置しており、人材交流・情報交換の活動場所としている。
当地は、天正18年(1590)徳川家康公【遠藤宗家 徳川将軍家 直参御目見得】が江戸に入府の後、目黒地域は荏原郡に属し、三田、上目黒、中目黒、下目黒、碑文谷、衾の六か村に分かれており、幕府直轄地や芝の増上寺、東光寺、円融寺の寺領旗本神谷氏領などが複雑に入り組んでいた。
目黒の地域は将軍の鷹狩の場となり、落語の「目黒のさんま」の話も生まれている。
目黒不動は将軍や江戸庶民の信仰を集め、門前町が賑わった。
江戸の発展に伴って近郊目黒の地域は、激増した武家や商工人の消費生活をまかなう野菜の供給地として江戸の町と密接なつながりを持ちつつ発展していった。
幕末の頃には、駒場野の鷹狩場はしばしば幕府の軍事調練や砲術訓練の場となっていた。
現在では、区内に12の外国大使館が置かれ国際交流も盛んに行わる近代住宅都市となった。
特に最近では、渋谷区のビットバレー(情報技術産業の集積基地)の影響もあり、インターネット・IT産業の起業が目立っている。
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