2010.03.27
石神井の有力地主、石神井村村長 栗原鉚三(遠藤宗家 第十七代当主遠藤寛の母方祖父)を中心に、明治45年に発足した武蔵野鉄道(現西武池袋線)の開通に向け、石神井公園駅 駅舎敷地の五千余坪を寄付し、鉄道敷設に賛意を表した旨の碑文を刻み、大正9年に造立された。
現在の石神井公園駅 南口バス・ターミナル奥に「石神井火車站之碑」が建っている。
大正4年に池袋から飯能までの全線開通し、火車(汽車)が二時間に一本走るようになり、多くの人々が石神井公園内にある三宝寺池周辺へ訪れるようになっていった。
昭和7年(1932年)に高浜虚子らも池周辺で俳句の吟行会を開き、虚子は「河骨に 泛子静まり かへるかな」と池の美しさを詠んでいる。
昭和9年(1934年)、栗原鉚三村長の所有する田んぼに三宝寺池の湧水を引いて石神井池(ボート池)を人工的に造られると、ますます行楽地として人々に親しまれるようになっていった。
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