2009.06.19
遠藤宗家が檀家である同寺は、江戸時代に建築されましたが、戦時中の空襲から免れて現存しています。
その周辺には、青山百人町に江戸城警護の与力・同心(遠藤宗家 第十四代当主 遠藤左太夫)たちの組屋敷がありました。今はブランドの立ち並ぶこの辺りも、江戸時代には武家屋敷の塀に囲まれた昼でも暗いようなところでした。

この百人町では、6月の晦日から7月の晦日まで家々で盆灯篭を高い棹の先につけて飾る風習がありました。
2代将軍・秀忠が 江戸城で亡くなった年から始まったと言います。年々、七夕の笹と同じで「高さ」を競うようになったのでこれを遠くから見ると、百人町の上にたくさんの星が出ているように見えました。「百人町の星燈籠」または「星提灯」と呼ばれました。
7代将軍・家継が、目黒にお成りの帰り道、遠くからこれを目にしてお付の者にたずねたところ、「台徳院(秀忠)さまの菩提を弔うため与力・同心たちが続けている」と聞いて、感心し、報奨金を賜ったということです。
それ以来、「星燈籠」は年中行事となり、この期間 青山百人町は江戸の名所でもありました。周辺には、徳川家が関連しているお寺等が16もあることが有名です。
高徳寺 歴史上人物
●母里藩(出雲松江藩の支藩)の江戸での菩提寺。正室の墓がある。
石高:1万石
実高:9,500-10,500石程度(推計)17世紀後半には15,000石
集落:20ヶ村(正保国絵図、郡村誌などより)
人口:5,000-10,000人程度
藩主:越前松平家分家(極冠は従五位、帝鑑間詰)
菩提寺:一乗寺 島根県能義郡伯太町井尻1927 浄土宗
家紋:丸三九葉三葉葵巴(裏紋は六つ葵・三鐶三九葉三葉葵巴)
●遠藤宗家 直系の墓がある。
石高:1万石以下
旗本:徳川将軍家 直参御目見得
菩提寺:高徳寺 東京都港区北青山2丁目10-26 浄土宗
家紋:左三つ巴
●康 宗圓( 嘉永5年5月24日)江戸時代末期の幕府医官。
代々幕府に仕えた口科(歯科)の医家、本康氏の第六代にあたる。
●河内山 宗春(文政6年7月22日)江戸時代後期の茶坊主。
講談・歌舞伎などの創作上の人物。歌舞伎・映画・テレビドラマなどの創作物では「河内山宗俊」と表記する。
名花/桐の花
古くから、桐は鳳凰が棲息する木とされ、桐紋は高貴であり、皇室で使われていた。朝廷は恩賞として桐紋を多くの武家に下賜しだし、豊臣秀吉も桐紋を賜った。更に秀吉は家臣に桐紋を与えていった。
所在地:東京都港区北青山2丁目10-26
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